東京地方裁判所 平成10年(ワ)8999号 判決 1999年9月28日
原告
スカラ株式会社
右代表者代表取締役
【A】
右訴訟代理人弁護士
中山徹
右補佐人弁理士
【B】
被告
株式会社アイ・ティー・オー
右代表者代表取締役
【C】
被告
株式会社ギンビ
右代表者代表取締役
【D】
右両名訴訟代理人弁護士
白波瀬文夫
右補佐人弁理士
【E】
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告株式会社アイ・ティー・オー(以下「被告アイ・ティー・オー」という。)は、別紙物件目録記載の拡大撮像装置(以下「イ号物件」という。)を製造し、販売してはならない。
二 被告アイ・ティー・オーは、その保管中のイ号物件及びその半製品を廃棄せよ。
三 被告アイ・ティー・オーは、イ号物件を製造するための金型を廃棄せよ。
四 被告株式会社ギンビ(以下「被告ギンビ」という。)は、イ号物件を販売してはならない。
五 被告ギンビは、その保管中のイ号物件を廃棄せよ。
六 被告アイ・ティー・オーは、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成一〇年五月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
七 被告ギンビは、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成一〇年五月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実
1(一) 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を有する。
登録番号 特許第一八〇九〇四二号
発明の名称 拡大撮像装置における照明用導光装置
出願日 昭和六三年六月七日(特願昭六三・一三九九〇五号)
公告日 平成四年四月三日(特公平四・二〇六一五号)
登録日 平成五年一二月一〇日
(二) 本件発明に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲は、別紙特許公報(以下「本件公報という。)の該当欄記載のとおりである。
2 本件発明の構成要件は、次のとおりに分説することができる(以下「構成要件A」などという。)。
A 内部に拡大用光学系を収容し且つ基端側に撮像素子を設けた鏡筒と、該鏡筒の先端に着脱自在に取付けた導光キャップとからなり、
B 上記導光キャップが、透明材料により略半球状に形成され、
C 先端部を被験体に当接させることにより上記鏡筒から該導光キャップの内部に導かれた光を被験体に投射するものとして構成され、
D 該導光キャップの先端部中心には、撮像のための視野を規定すると共に被験体に対して内周面から照明光を照射する小孔が設けられ、
E 該導光キャップ内を透過する光が全反射を繰返して該小孔の内周面から被験体の表面に投射可能である、ことを特徴とする拡大撮像装置における照明用導光装置
3 被告アイ・ティー・オーは、業としてイ号物件を製造販売し、被告ギンビは、業としてイ号物件を販売している。
二 本件は、原告が、被告らの拡大撮像装置の製造販売が本件特許権を侵害すると主張して、被告らに対し、右製造販売の差止め等と不法行為による損害賠償を求めた事案である。
第三争点及びこれに関する当事者の主張
一 イ号物件の構成及びこれが本件発明の技術的範囲に属するかどうか
1 原告の主張
(一) イ号物件は、次の構成を有する(以下「構成a」などという。)。
a 内部に八個の発光素子からなる光源と拡大用光学系とを収容し且つ基端側に撮像素子13を設けた、ケーシング先端筒部に作られた収容筒11と該収容筒11の先端に着脱自在に取付けた導光部材14及びビス止めされて一体となった導光部材14の外側を覆う先端に小孔16aが設けられたカバー部材14aとからなり、
b 前記導光部材14が、透明材料により中央に貫通孔16を有した略円錐台状に、前記カバー部材14aが、不透明材料により略半球状に形成され、
c カバー部材14aを被験体に直接当接させることで、導光部材14の先端部を被験体に対峙させることにより前記収容筒11から該導光部材14の内部に導かれた光を被験体に投射するものとして構成され、
d 該導光部材14及びカバー部材14aの先端部中心には、被験体に対して内周面16d(傾斜面16b及び垂直面16c)から照明光を照射する貫通孔16と撮像のための視野を規定する小孔16aが各々設けられ、
e 該導光部材14内を透過する光が反射して該貫通孔16の内周面16d(傾斜面16b及び垂直面16c)から出射し、カバー部材14aの小孔16aを介して被験体の表面に投射可能である、
ことを特徴とする照明用導光装置を備えた拡大撮像装置。
(二) 構成要件Aについて
イ号物件は、「内部に八個の発光素子からなる光源と拡大用光学系とを収容し且つ基端側に撮像素子13を設けた・・・収容筒11」を備えているところ、イ号物件の拡大用光学系及び基端部に設けられた撮像素子13は本件発明の拡大用光学系及び撮像素子に当たる。また、本件発明の鏡筒は、拡大用光学系や撮像素子を収容するためのケースを意味するところ、イ号物件の収容筒11も拡大用光学系及び撮像素子を収容している点で本件発明の鏡筒と同一の機能を有しているから、イ号物件の収容筒11は本件発明の鏡筒に当たる。
したがって、イ号物件は、構成要件Aの「内部に拡大用光学系を収容し且つ基端側に撮像素子を設けた鏡筒」を備えている。
また、イ号物件は、「該収容筒11の先端に着脱自在に取付けた導光部材14及びビス止めされて一体となった導光部材14の外側を覆う先端に小孔16aが設けられたカバー部材14a」を備えている。この導光部材14及びカバー部材14aは、収容筒11の先端に着脱自在に取り付けられているところ、後記(三)のとおり、導光部材14とカバー部材14aとを併せたものが本件発明の導光キャップに当たるから、イ号物件は、構成要件Aの「鏡筒の先端に着脱自在に取り付けた導光キャップとからなり」との要件を充たす。
したがって、イ号物件は、構成要件Aを充足する。
(三) 構成要件Bについて
イ号物件は、「前記導光部材14が、透明材料により中央に貫通孔16を有した略円錐台状に、前記カバー部材14aが、不透明材料により略半球状に形成され」ている。
本件発明の導光キャップが透明材料で形成されているのは、その内部を通して光を導くという作用効果を得ることにその目的があるところ、イ号物件は、透明材料で形成した導光部材14を備えており、その内部を通して光を導くことができる。
また、本件発明において導光キャップが略半球状に形成されているのは、その中央の小孔を被験体の観察部位に容易に当接することを可能にするためであるところ、イ号物件におけるカバー部材14aの外形は略半球状に形成されており、これは、本件発明と同様の技術思想により右技術課題を解決するものである。
したがって、イ号物件は、本件発明の導光キャップが備える「透明材料により形成」、「略半球状に形成」という二つの要件要素を導光キャップを構成する導光部材14とカバー部材14aにそれぞれ割り振ったものと考えられるから、導光部材14とカバー部材14aとで併せ構成されたものが本件発明における導光キャップに該当するものである。
よって、イ号物件は、構成要件Bを充足する。
(四) 構成要件Cについて
イ号物件は、「カバー部材14aを被験体に直接当接させる」ものであるが、カバー部材14aは、右(三)のとおり導光部材14と一体となって本件発明の導光キャップを構成するものであるから、「カバー部材14aを被験体に直接当接させる」ことは、導光キャップの先端部を被験体に当接させることと同じであり、構成要件Cにいう導光キャップの「先端部を被験体に当接させる」ことに当たる。
また、イ号物件は、「前記収容筒11から該導光部材14の内部に導かれた光を被験体に投射するものとして構成され」ている。イ号物件の収容筒11は本件発明の鏡筒に当たり、導光部材14は導光キャップを構成するものであるから、「前記収容筒11から該導光部材14の内部に導かれた光を被験体に投射するものとして構成され」ていることは、構成要件Cの「上記鏡筒から該導光キャップの内部に導かれた光を被験体に投射するものとして構成され」との要件を充たす。
したがって、イ号物件は、構成要件Cを充足する。
(五) 構成要件Dについて
イ号物件は、「導光部材14及びカバー部材14aの先端部中心には、被験体に対して内周面から照明光を照射する貫通孔16と撮像のための視野を規定する小孔16aが各々設けられ」ている。
イ号物件においては、本件発明の導光キャップの先端部中心に設けられた小孔が有する、撮像のための視野を規定するとともに被験体に対して内周面から照明光を照射するという二つの機能を、導光部材14の貫通孔16とカバー部材14aの小孔16aの二つに割り振っているが、これは、イ号物件においては本件発明の導光キャップを導光部材14及びカバー部材14aという二つの部材から構成したことから派生する形式的な差異に過ぎず、貫通孔16と小孔16aとが一体として構成要件Dの「小孔」に当たる。
したがって、イ号物件は、構成要件Dを充足する。
(六) 構成要件Eについて
イ号物件は、「導光部材14内を透過する光が反射して該貫通孔16の内周面16d(傾斜面16b及び垂直面16c)から出射する」ようになっている。
右(五)のとおり、イ号物件の導光部材14の貫通孔16とカバー部材14aの小孔16aとが一体として本件発明の導光キャップの小孔に当たるから、イ号物件は、構成要件Eの「小孔の内周面から被験体の表面に投射可能である」との要件を充たす。
また、イ号物件においても、導光キャップを構成する導光部材14内を透過する光は全反射を繰り返している。
したがって、イ号物件は、構成要件Eを充足する。
2 被告らの主張
(一) イ号物件の構成(前記第三の一1(一))について
構成aないし構成cは認める。
構成dのうち、「内周面16d(垂直面16c)から照明光を照射する」との点は否認し、その余は認める。
構成eのうち、「内周面16d(垂直面16c)から出射し」との点は否認し、その余は認める。
(二) 構成要件Aについて
本件発明の鏡筒は、単に拡大用光学系や撮像素子を収容するためのケースではなく、鏡筒自体の内部を光が進むものとして構成されているものであるが、イ号物件の収容筒11は、このような構成を有していないから、本件発明の鏡筒とは技術的に異なる。
また、後記(三)のとおり、イ号物件の導光部材14とカバー部材14aを併せたものが本件発明の導光キャップに当たることはない。
したがって、イ号物件は、構成要件Aを充足しない。
(三) 構成要件Bについて
イ号物件の導光部材14とカバー部材14aを併せたものが本件発明の導光キャップに当たるとすれば、二つの部材を併せた状態において本件発明の導光キャップと同一の構成を備えていなければならないが、二つの部材を併せたものが全体として「透明材料により略半球状に形成され」ていないことは明白であるから、導光部材14とカバー部材14aを併せたものが本件発明の導光キャップに当たることはない。
したがって、イ号物件は、構成要件Bを充足しない。
(四) 構成要件Cについて
イ号物件の収容筒11は、本件発明の鏡筒には当たらないから、イ号物件の「収容筒11から該導光部材14の内部に導かれた光を被験体に投射する」ことは、構成要件Cの「鏡筒から該導光キャップの内部に導かれた光を被験体に投射する」ことには当たらない。
したがって、イ号物件は、構成要件Cを充足しない。
(五) 構成要件Dについて
イ号物件は、「導光部材14の中心に、被験体に対して傾斜面16bから照明光を照射する貫通孔16が設けられ」、「カバー部材14aの先端部中心に、撮像のための視野を規定する小孔16aが設けられ」ているものであるから、仮に導光部材14とカバー部材14aを一体の部材と考えたとしても、右一体の部材は、その「先端部中心に・・・被験体に対して内周面から照射光を照射する小孔」を有しない。
したがって、イ号物件は、構成要件Dを充足しない。
(六) 構成要件Eについて
イ号物件の導光部材14内を通過する光は、全反射を繰り返すことはないから、イ号物件は、構成要件Eを充足しない。
二 原告の損害
1 原告の主張
(一) 被告アイ・ティー・オーが平成九年一一月ころから半年間に製造販売したイ号物件の売上高は合計六〇〇〇万円である。同被告は、その二〇パーセントに当たる一二〇〇万円の利益を上げており、原告は、少なくともこれと同額の損害を被ったものと推定される。
(二) 被告ギンビが平成九年一一月ころから半年間に販売したイ号物件の売上高は合計七〇〇〇万円である。同被告は、その二〇パーセントに当たる一四〇〇万円の利益を上げており、原告は、少なくともこれと同額の損害を被ったものと推定される。
(三) よって、原告は、被告アイ・ティー・オーに対し、右損害金の一部として一〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成一〇年五月一二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告ギンビに対し、右損害金の一部として一〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成一〇年五月一二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
2 被告らの主張
原告の主張を争う。
第四当裁判所の判断
一 争点一(イ号物件が本件発明の技術的範囲に属するか)について
1 イ号物件が本件発明の導光キャップを備えているかどうかについて判断する。
(一) イ号物件の構成aないしe(前記第三の一1(一))は、構成dのうちの「内周面16d(垂直面16c)から照明光を照射する」との点及び構成eのうちの「内周面16d(垂直面16c)から出射し」との点を除き、当事者間に争いがない。
(二) 前記第二の一1の事実と証拠(甲一、乙一、二)によると、以下の事実が認められる。
(1) 本件発明の導光キャップは、透明材料により略半球状に形成されたものであり(構成要件B)、しかも、導光キャップ内を透過する光が全反射を繰り返すというものである(構成要件E)。
(2) 「全反射」とは、光が屈折率の大きい媒質中から屈折率の小さい媒質に入射するときに、境界面で光が全部反射される現象をいい、入射角がある一定の角(臨界角)より大きいときに起こる。光ファイバーは、光が全反射を繰り返す現象を利用したものである。
(3) 本件明細書の発明の詳細な説明には、[実施例]の項に、「この導光キャップ4は、光ファイバーと同様に、その内部を通過する光が全反射を繰返して、小孔6の周囲に集光し、その内周面から被験体の表面に水平の照明光を投射するようにしたものである。従って、上記導光キャップ4の形状は、その内部を通過する光が全反射を繰返し得る範囲内で略半球状の曲面にすればよく、また比較的薄く形成することが望ましい。」(本件公報4欄27行ないし34行)との記載がある。
(4) 本件公報の図面の導光キャップは、ほぼ同一の厚さで、外面及び内面が略半球状になっている。
(三)(1) 原告は、イ号物件の導光部材14とカバー部材14aとで併せ構成されたもの(以下、導光部材14とカバー部材14aとを併せて「導光カバー部材」という。)が本件発明の導光キャップに該当する旨主張する(前記第三の一1(三))。
イ号物件の導光カバー部材が本件発明の導光キャップに当たるというためには、導光カバー部材が全体として本件発明の導光キャップの構成を備えていることを要するものと解すべきところ、イ号物件においては、導光部材14は透明材料により形成されている(構成b)が、カバー部材14aは不透明材料により形成されている(構成b)から、導光カバー部材は、全体としては「透明材料により形成され」ているということはできない。
(2) また、イ号物件においては、カバー部材14aは略半球状に形成されている(構成b)が、導光部材14は略円錐台状に形成されている(構成b)ところ、原告は、本件発明において導光キャップが略半球状に形成されているのは、その先端部を被験体に対して容易に当接させられるようにするためであるから、構成要件Bの「導光キャップが略半球状に形成され」とは、導光キャップの外面が略半球状に形成されることを意味すると主張する。
右(二)認定の事実と本件明細書の発明の詳細な説明の記載を合わせ考えると、本件発明において、導光キャップを透明材料により「略半球状に形成」することとしたのは、先端部の小孔を被験体の観察部位に容易に当接し得るようにするためだけではなく、光ファイバーと同様に、その内部を通過する光が全反射を繰り返して小孔の内周面から被験体の表面に投射できるようにするためであると認められるから、構成要件Bの「導光キャップが略半球状に形成され」とは、本件公報の図面のように、導光キャップの外面及び内面がともに略半球状に形成されていることを意味するものと解すべきである。したがって、原告の右主張は採用できない。
そうすると、イ号物件においては、導光部材14は略円錐台状(別紙物件目録の図2、図3)に形成されているから、導光カバー部材は全体として「略半球状に形成され」ているということができない。
(3) 以上検討したとおり、イ号物件の導光カバー部材は、「透明材料により略半球状に形成され」(構成要件B)ているとはいえないから、本件発明の導光キャップには当たらず、他にイ号物件が本件発明の導光キャップを備えているとの主張立証はない。
(四) 以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、イ号物件が本件発明の技術的範囲に属するとは認められない。
二 以上の次第で、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がない。
(裁判長裁判官 森義之 裁判官 榎戸道也 裁判官 杜下弘記)
<以下省略>